提言・調査・報告
要望書「令和6年度 文化政策、税制改正に関わる要望事項について」[2024.01.17]

文化庁長官
都倉 俊一 様


令和6年度 文化政策、税制改正に関わる要望事項について

コロナ禍の中での各種の芸術支援政策をはじめ、文化庁におかれましては文化芸術の振興、保護に多大なるご尽力をいただき、厚く御礼申しあげます。 文化芸術の価値は今後ますます大きくなるものと考えますが、これを支える基盤は諸外国と比べて、いまだ十分とは言えません。将来を見据えた文化インフラの構築を進めていただきたく、美術を含む芸術振興のための政策及び税制について、以下の通り要望いたします。


〇文化政策に関わる要望事項

1. 「パーセント・フォー・アーツ」制度の導入に向けた検討を
「パーセント・フォー・アーツ」は公的な建築物の建築費の一部を美術作品の設置等の芸術活動に支出するという制度であり、欧米諸国、韓国等で導入されています。
この制度は、若手を含む全ての芸術家にとって制作の機会を提供すると同時に、その地域の歴史や地理を踏まえたその場に固有の作品を公募すること、作品選定のプロセスに施設関係者や地域住民を含む様々な関係者が参加することを通じ、芸術作品を媒介とした活発な交流、多くの人々に芸術作品に接する機会を提供し、地域コミュニティの文化形成を促すものと考えられます。文化政策として非常に有効なものであると考えますので、導入に向けた研究、検討を是非お願いいたします。
また、文化芸術基本法の28条の2では、公共の建築物への芸術作品の展示等の「文化芸術の振興に資する取り組み」を国に促す内容となっていますが、現時点では努力目標とされています。公共建築物を介して活力ある創作活動をもたらすには、「具体的な施策を講じる」ことを定めるよう法律の改正が望まれます。この点につきましても、是非ご検討をお願いいたします。


2.新進芸術家海外研修制度について
日本には、文化庁による新進芸術家海外研修制度という国費留学の制度があり、長年にわたり海外芸術の研修を通じた若手芸術家の育成に大きな寄与をしてきました。
近年、新型コロナによる海外渡航への影響もあってか、採択者数が急減しています。美術は、既存の価値から測れない側面があり、結果として新たな表現を生み出す作家を育んでいくためには、支援対象となる候補者の範囲は可能な限り広く多様であることが望ましいと考えます。
基本的な人材育成を目標として運用されてきた新進芸術家海外研修制度を、その長所を生かす形で今後も是非継続いただきたいと考えます。令和6年度募集では採択数を増加させるよう予算組がなされることを心より希望いたします。


3.芸術家のための社会保障基盤の整備を
表現活動に身を置く多くの美術家は、社会的な評価や収入の面で不安定な状態におかれています。新型コロナのような急激な社会の混乱に遭遇しますと、その影響は極めて甚大です。個人の作家の生活、表現活動を支え、ひいて日本の文化芸術を守るためには、芸術家のためのセイフティーネットが必要です。共済制度他、是非この点につき調査研究のうえ、導入に向けたご議論をお願いいたします。
また、現在フリーランスの労災保険の特別加入について議論が進められていますが、報道によりますと「業務委託」という契約関係が生じているフリーランスが対象として検討されているようです。特別加入の対象が拡大されることは、非常に喜ばしいことですが、美術家は業務委託により仕事をするケースがあるものの、自律的な表現行為が結果として販売やフィー等の経済活動に結び付くものも多く、現在の議論では美術家の相当数は特別加入の対象に入らないのではないかとの懸念があります。
美術家の仕事は、個人としての探求、表現を深めることで、結果として社会に価値をもたらします。労災保険はその前提として対象に「労働者性」を条件とするとうかがっておりますが、社会保障の対象への考え方を、社会に価値をもたらす「就業者」に拡大し、自律的な表現活動を行う作家をも社会保障の対象として認識していただくことが今後必要ではないかと考えます。つきましては、この点を踏まえて今後の社会保障制度の議論をいただきますようお願いいたします。


4.追及権の導入を
追及権は美術作品の売買の過程で、その代金の一部を著作権者に還流する仕組みです。作者(著作権者)にも、作品価格の上昇の恩恵を受ける権限を付与するものですが、同時に美術を成立させる作品の産み手を、美術品の流通を含む業界として保護、創作活動を促進する仕組みともいえます。これまでに欧州各国を代表として世界数十か国で導入され、これらの地域の作家及び創作の振興に大きな寄与をしてきました。直近では、韓国及びニュージーランドでも同制度の導入が決定されたと聞きます。継続的に美術の保護、創作の促進に大きな寄与をする制度と考えられますので、日本においても導入への検討を是非お願いいたします。




〇税制に関わる要望事項

5.作品寄贈の税制優遇措置をすすめること
欧米では、寄附税制の整備により、個人法人によるコレクションの美術館、博物館への寄贈が促され、国民の財産を形成する環境があると聞きます。これらの美術品の公開は、一般市民が美術に親しみ、文化的な価値を享受する貴重な機会となります。また、収集から公共の場所への寄贈という流れができることは、美術品の取引の活性化にもつながります。そのような循環を日本においても可能とするため、美術館等の公共の展示施設への作品寄贈にあたって、譲渡所得の非課税措置に加え、税額控除が可能となるよう、制度改正の検討を行っていただくことを要望いたします。また、ご検討の際、下記の点にご留意いただきますようお願いいたします。
①寄贈作品の取得価格ではなく、市場価格での控除を行うこと
②課税所得ではなく税額より控除すること
③控除の繰り延べを可能とすること


6.相続に際しての美術品の取扱い
相続税の美術品による物納をより容易とする制度の創設、制度改正をお願いいたします。
また、相続の際の作品寄贈に際して、私立美術館等への寄贈についても、国や地方公共団体への寄贈に準じた形で、譲渡所得等の非課税の手続きを簡素化していただくことを要望いたします。
現在の租税特別措置法40条では、公益財団法人等に対しての寄贈は、譲渡所得の非課税のために煩瑣な手続きを必要としております。今後、物故作家の作品を、国公立、私立を問わず一般に開放される施設に受け入れていくためには、私立美術館等についても寄贈をより負担なく受け入れることが大切と考えます。


7.都市開発における優遇税制による芸術振興
都市、不動産開発、ビルの建設等の際に、パブリックアート等の設置、あるいは様々な芸術振興への貢献度に応じ、優遇税制あるいは容積率の緩和等の制度改正を要望いたします。規制緩和等と結びつけることで、民間において、恒常的に文化芸術を支えるインセンティブが生まれ、芸術振興のインフラ形成につながると考えます。


8.文化芸術団体への支援を
日本の全国各地には、アートセンターやアーティスト・イン・レジデンス等の芸術家の支援組織が存在します。また、私共をはじめ芸術の各分野に大小の規模の違いはございますが、芸術家の職能団体が存在します。これら各種の芸術家の支援団体や職能団体は、限られた人員と財源の中、日々、芸術家とその制作活動をサポートしています。文化芸術振興のためには、芸術家への支援と共にこれらの芸術団体への支援も必要と考えます。これらの団体に対して寄附税制の優遇等による活動支援をいただきますよう希望いたします。




令和6年1月17日
一般社団法人日本美術家連盟
理事長 中林 忠良