提言・調査・報告
要望書「文化庁海外研修制度に関わる要望書」[2022.09.08]

文化庁海外研修制度に関わる要望書について

「文化庁の新進芸術家海外研修制度は、他に例を見ない優れた海外研修制度であり、これまで多くの美術家がこの制度により海外での学びの機会を得てきました。
その数は半世紀で1500名に上ります。
しかし、コロナの影響下、美術分野の採択数はここ2年で半減しており、昨年に至っては5名と以前に比較すると1/4程に減っています。コロナと対峙しながら海外を志す美術家は今後増えるものと考えます。このような時期だからこそ、基本的な人材育成を目的とする公的な海外派遣の制度が必要とされています。
日本美術家連盟は、海外研修制度の美術領域における採択者の数を、従前の規模を回復していただくよう文化庁に要望書を提出しました。
また、この制度により海外研修を経験した会員有志(代表 奥谷博氏)より、海外研修制度の意義及び今後における存続の必要性を訴える文書をいただきましたので、連盟の要望書と共に、9月7日文化庁に提出いたしました。ここにご報告させていただきます。


新進芸術家海外研修制度 〈美術領域〉の採択者数拡充に関わる要望書

文化庁長官
都倉 俊一 殿

日本美術家連盟は、昭和24年に設立された美術家の職能団体です。現在全国に4500名程の会員がおり、美術家の福利厚生の増進、権利擁護、美術の研究と情報発信他の事業を実施しています。

日本には、文化庁による新進芸術家海外研修制度という他に類例を見ない国費留学の制度があり、長年にわたり海外芸術の研修を通じた若手芸術家の育成に大きな寄与をしてきました。半世紀の間に全体で3800人、美術領域ではそのうちおおよそ4割、約1500人もの若手美術家が海外に派遣されました。現在一線で活躍する美術家にもこの制度による海外留学の経験者が数多く存在します。この制度の長所は、採択人数、給付金額共にかなりの規模であり、また在留期間も短期から長期までわかれ、応募者の希望や必要に沿う形で制度の設計や運用をした点にあります。昨今、新型コロナによる海外渡航への影響もあってか、例年であれば20名を超えていた美術領域の採択者数が、ここ2年は半減され、昨年に至っては5名と激減しています。予算の制約から、選択と集中の言のもと特定少数への支援にリソースを集中するべきとの意見もありますが、美術は元来現在の価値を乗り越えていく本質を持ち、既存の価値から測れない表現、作家を、結果として育んでいくためには、支援対象となる候補者の範囲は可能な限り広く多様であることが望ましいと考えます。

基本的な人材育成を目標として運用されてきた新進芸術家海外研修制度を、その長所を生かす形で今後も是非継続いただきたいと存じます。令和5年度募集では前年と同じく採択数が全体で30程と半減された形で予算組がなされるようですが、2年のコロナ禍を経て、この病と対峙しながら芸術活動を継続し、広く海外の知見を求めようとする若手の美術家は数多く存在しています。コロナを乗り越えようとする今だからこそ、公的な助成や支援が必要とされておりますので、美術領域で20人程の従前の採択数まで拡充した在外研修制度の運用を切にお願いいたします。

令和4年9月7日
一般社団法人 日本美術家連盟
理事長  中林 忠良




日本人新進芸術家の海外研修制度の意義及び今後における存続の必要性

文化庁長官 都倉 俊一 殿

標記海外研修制度は発足以来55年を経過し、この間の研修参加者、特に美術関係の各分野においては、長期、短期合わせて1,500名に上る実績を挙げてきました。研修参加者は、それぞれの申請国に赴き、申請研修機関での研修を中心に、当該地域における芸術活動の展開状況を具に見学することにより、自らの作家活動の幅を広げるとともに、その深みを増すことに努めてまいりました。その状況は、1998年から文化庁により開始され、本年第25回を迎える「ドマーニ・明日展」における報告出品により個々に明らかにされてきています。

他方、研修参加作家の研修後の活動に対する国内及び海外における評価については、洋画における奥谷博氏(昭和42年度研修、文化勲章、日本芸術院会員)、絹谷幸二氏(昭和52年度研修、文化勲章、日本芸術院会員)、遠藤彰子氏(昭和61年度研修、紫綬褒章)、日本画における内田あぐり氏(平成4年度研修)、現代美術における塩田千春氏(平成16年度研修)、田中功起氏(平成20年度研修)、彫刻における若林奮氏(昭和48年度研修、故人)など、それぞれわが国の美術各分野を牽引する役割を果たしてきたところです。

しかるに、ここ2年の在外研修制度の美術関係の採択者は、それぞれ10名、5名と、これに先立つ期間と比較し、大きく減少しています。この採択数で、日本の美術界を担う人材を今後も送りだすことができるのか、危惧を覚えるものです。わが国美術の歴史を顧みれば、日本人作家の海外における評価は今後ますます高くなることが望まれ、在外研修制度は今後益々充実したものになって欲しいと希求するところであります。そのためには、多様な人材をこそ研修に受け入れることが大切であり、採択数の増加が、後日美術界を支える作家の育成につながるものと期待しています。

政府文化庁におかれましては、財政需要が愈々多端であることは想像に難くないところでありますが、文化の振興はあくまでも長期的視野をもって進めるべきことも多言を要しないところです。この点にご明察をいただき、美術関係分野における海外研修制度の将来にわたる拡充、維持に特段のご高配を賜るよう強くご要望申し上げます。

以上

2022年9月7日
文化庁海外研修経験者有志