提言・調査・報告
要望書「宮城県美術館の移転の再考、現美術館の継続に関わる要望書」[2020.02.19]

宮城県知事 村井 嘉浩 様


拝啓 貴県におかれましては益々ご隆昌のことと慶賀申しあげます。

私どもの連盟は、1949年に発足した美術家の職能団体です。現在全国に5000名ほどの会員を擁し、美術家の権利擁護、福利厚生、技法研究に加え、文化芸術振興のため関係方面への意見具申を行っております。  この度、宮城県美術館移転方針の発表に接し、現美術館の施設及び美術館事業の継続をお願いしたく本書をお送りする次第です。

現在の宮城県美術館の開館時には、仙台市民をはじめ多くの美術家がこれを熱望し、陳情、署名活動、チャリティー募金等により現在地への建設を支援しました。そこには、私共日本美術家連盟会員も加わっておりました。そうした多くの声を受けて、宮城県が故前川國男氏に委嘱し実現した美術館は、広瀬川に臨み青葉山のふもとに溶け込む美しい建物となりました。近代洋画、クレー、カンディンスキー、佐藤忠良、また独自の鑑識眼を有した作家・洲之内徹の収蔵品を加えたコレクションや、前川建築の高い価値は宮城県の皆さまのみならず、全国的にも認められるところです。加えて、私共が素晴らしいと思うのは、開館当初より続けられた教育普及事業です。中庭に面した回廊の制作室を一般から専門家まで開放することにより、美術館を鑑賞体験の場だけではなく制作の場とすることで、創造のサイクルを内包する施設となりました。これは全国的にも類例がなく、子供から大人までの生涯学習という意味からも、またたくさんの美術家を育てる自由な空間という意味でも大切な仕事を重ねてきたと思います。このことは前川國男氏の理念と寄り添うものであり、同館ならではの実践と言えます。目には見えないかもしれませんが、39年の間、市民とともに歩んだそうした美術館としての経験の積み重ねにより、この施設は真の美術館となったと言えましょう。

ところで、2018年公表された美術館のリニューアル基本方針は、こうした美術館の建築物としての価値、活動実績を踏まえ、現今抱える問題を洗い出したうえ、美術の集積と創造にコミュニティ形成の意味も加え、宮城県美術館ならではの活動を更に拡大するために必要な措置を考えていこうというものでした。杜の都の美術館として更なる発展・展開が期待できると、私共もよろこんでおりましたが、この度、突然に美術館移転の報に接し、大変驚いております。県民会館移転の計画にあたり「文化芸術」構想というお考えは理解できなくもありませんが、一方、市民が39年に及び築いた経験も大変重要であります。

老朽化した公共施設を計画的に更新すること、またその促進のために国が地方に適正な管理計画の提出を求め財源措置を行うことの意義は承知しております。しかしながら、公共施設は単なる「箱」ではなく、建築としての歴史的な価値のあるものであり、また、そこで実践された活動が市民や地域の文化・歴史の形成に大きく寄与している例は数多く存在すると思われます。その場所のその建物ならではの積み重ねられた時間が、現在そして将来の地域住民の歴史と文化の土台となり、その生活を豊かにしています。それ故、現下の課題である公共施設の管理計画は、ことに慎重に検討されるべきであり、それぞれの施設のもつ建築物としての価値は勿論、その場で実践される活動の時間的蓄積の価値をふまえ、以後の管理計画が策定されるべきと考えます。

現在の宮城県美術館は39年の時を経て、他に比べるもののない宮城独自の美術館になりました。たしかに、幾分老朽化しましたが、いまでは市民県民、そして多くの美術家の「宝」です。

つきましては、現在の宮城県美術館が地域文化の拠点であると同時に日本の芸術文化活動に重要な位置を占めていることをご考慮いただき、移転案の再考、及び現美術館の継続をご検討いただきますようお願いいたします。芸術文化は時間の経過の中で、その独自性を獲得し根付くものです。39年の歳月により蓄積されたものを重く見ていただき、宮城県の芸術を深く愛している人々から現美術館を引きはがすことなく、更に多くの人々の理解をひろめて、「青葉の杜」にふさわしい方針を打ち出してくださいますよう切にお願い申しあげます。

敬具


一般社団法人 日本美術家連盟
理事長   山本 貞
事務局長  池谷 慎一郎